棒ノ折山 〜武蔵の国・秋の奥山を歩く〜


 

【東京都 奥多摩町 埼玉県 飯能市 平成22年9月20日(月)】
 
 いつのまにか9月も後半に。今日から彼岸ですがまだまだ暑い日が続いています。
 さて、シルバーウイークでもあり、久しぶりにどこかの山にでも。ということで、今回は奥多摩にある棒ノ折山に行ってみることにしました。国土地理院の2万5千分の1地形図には「棒ノ嶺」と記載があり、ガイドブックによってはそれに従っているものもありますが、正しくは「棒ノ折山」なのだそうです。それというのも、この山の名が、鎌倉時代の武将が山越えの際に突いていた石棒がこの山で折れてしまったという言い伝えに由来するからだそうです。
 
                       
 
 「奥多摩にある」と書きましたが、正確には埼玉県との都県境に位置していて、もちろん埼玉県側からでも登ることができます。今回は東京側から登って埼玉側に下りることにしました。
 まずは中央線快速で西へ。国分寺でホリデー快速に乗り換えて立川から青梅線へ入ります。拝島、福生、青梅と過ぎ、御嶽で下りて後から来る各駅停車を待ちます。この辺りまで来るともう立派な奥多摩の風景です。御嶽から一駅で目的の駅、川井に到着です。時刻は9時22分でした。ここで下車したのはyamaneko夫婦以外にはわずか2人。
 さあ、ここから西東京バスに乗り換えます。バス停は100mほど先。バスはすぐにやって来ます。なにしろこの9時27分の便を逃すと次は12時半まで来ないので、やや早歩きでバス停に向かいます。そして、ジャストのタイミングでバスがやって来て、先ほど駅で一緒に降りた二人とともに乗車しました。ここから谷筋に沿って山の奥に向かっていきます。

 清東橋バス停

 バスは川沿いに散在する集落を巡るようにして谷をさかのぼっていきます。そして乗車から約10分後、終点の清東橋バス停に到着しました。バスはここの回転場でしばらく停車した後、また来た道を戻っていきます。バス停には立派なトイレがあり、登山客にはありがたいです。ここでゆっくりとストレッチをしてから、9時50分、歩き始めました。

 上流へ

 普通車がようやく離合できるくらいの道路が谷筋の奥に向かって延びています。この先には百軒茶屋という数軒の集落があり、登山口はその更に先にあるはずです。

 ミツバベンケイソウ

 林縁にミツバベンケイソウを見つけました。川沿いのやや湿った環境を好む花で、厚手の葉が特徴です。漢字で書くと「三葉弁慶草」。なかなか枯れず強いことから弁慶の名を戴いたとのことです。

 シュウカイドウ

 この花も湿気の多いところを好みます。もともとは園芸用として江戸時代初期に持ち込まれたものだそうで、今では山野に帰化しています。

 カラスノゴマ

 葉の陰に隠れるようにして咲いているのはカラスノゴマ。種子が小さなゴマのようで、烏が食べるゴマのようだということでこの名が付いたのだそうです。いつも「カラスノゴマ? ん? カラスノマゴ?」と分からなくなってしまいます。キツネノマゴという植物も別にあり、これとこんがらがってしまうのです。

 登山口

 10分ほどで登山口に到着しました。ここから川を渡って登り始めます。まずは腹ごしらえ。ザックからアンパンを取り出してエネルギーを補給しました。5分ほど休憩し、10時5分に再出発しました。


Kashmir 3D

 今日のルートは、まず目の前の大丹波川を渡って細い支谷沿いに登っていきます。途中から山肌にとりつき、尾根筋に出るとあとはひたすら直登です。山頂からは尾根沿いに東に下り、ゴンジリ峠(峠といいつつピーク)を左の支尾根に折れて、岩茸石という十字路に向かいます。そこからは山肌を急降下し、谷筋の林道に出たらそのまま麓の集落を目指します。

 いきなりの上り

 登山道は大丹波川を渡るとそこから一気に急な上りになりました。久しぶりの山歩きにまだ体が慣れていないので、あちこちの筋肉が悲鳴を上げています。

 ワサビ田

 支谷の小さな流れに沿って登山道が延びています。その脇には急傾斜ながらワサビ田が続いていました。上流部になればなるほどその規模は小さくなっていき、上の方では畳2枚程度の大きさでした。おそらくお年寄りの方がやっているのだと思いますが、今でもこんな険しい道をたどって作業をしているのかと思うと、ほんと大変なことです。機械などは上がらないので、収穫したものは背負って下りるしかないでしょうし。

 切り株

 いい感じに苔むした切り株がありました。次の世代に命をつなごうとしていますね。

 ミゾソバ

 「蓼食う虫も好き好き」という諺がありますが、このミゾソバはタデの仲間。こんな可愛らしい花なら蓼食う虫でなくても好きになりそうです。ちなみにピンク色の花弁に見えるのは萼で、これは他のタデの仲間と同じ構造です。

 キバナアキギリ

 夏の終わりから初秋にかけて咲くキバナアキギリ。もうそろそろ盛りを過ぎる頃です。この花が訪れる昆虫にいかにして花粉を持って帰ってもらうのか。その工夫がおもしろいです。虫が花の下唇に乗って奥の蜜のところに入ろうとすると、上唇に格納されていた「孫の手」のような雄しべが出てきて、自動的に虫の背中に花粉が付く仕組みになっているのです。そのメカニカルな花の構造には誰しも驚かされます。

 ヤブマメ

 この涼しげな花はヤブマメです。この花からも結実しますが、ヤブマメのおもしろいところは地中に閉鎖花をつけ、こっちもちゃんと結実すること。地上でも地下でも実ができるのです。
 そういえば子供の頃こんな童話を読んだことがあります。確かずるがしこいキツネとお人好しのクマの話だったと思いますが、キツネとクマが一緒に畑を作っていて、種まきをした後キツネは「クマさんは地上にできた作物を持っていっていいよ。僕は地下の根っこでいいから。」といってクマを喜ばせ、実は作っていたのはカブだったというもの。クマが不平を言うと「じゃああっちの畑のは僕が地上のものをもらうよ。クマさんは地下のものがいいんだね。」といい、これにクマがうなづくと、その畑はカボチャ畑だったという話です。これがヤブマメなら話が成立しませんね。

 ツルニンジン

 ツルニンジンはキキョウの仲間。やや大ぶりの花はクリスマスの飾りのようです。緑色で目立ちませんが大きく開く萼も立派です。

 イワタバコ

 沢沿いには様々な植物が見られます。これはイワタバコ。もう実ができて垂れ下がっていますね。

 ツリフネソウ

 この時期、野山に行くと必ずと言っていいほどお目にかかるツリフネソウです。花が終わったら実でも楽しめます。

 名もなき滝

 名前はあるのかもしれませんが、それらしい標識もなく、地図には滝のしるし記さえありません。水量は多めでした。

 ミズヒキ

 ミズヒキはもう実になっていますね。
 それにしても湿気をたっぷり含んだ空気が肌にまとわりつくようです。今日は晴れ間ものぞく天気との予報でしたが、あに図らんや今にも降り出しそうです。

 山ノ神

 10時50分、山の神の祠のところまでやってきました。しばし休憩。道はここから沢を離れ、しばらくは山肌をジグザグに登って高度をかせいでいきます。

 スギ林

 よく手入れされていて明るいスギ林の中を行きます。聞こえてくるのは荒い息と腰に付けた熊鈴の金属音だけ。雲が下りてきているのか、スギの樹冠のあたりは少し霞んで見えます。

 

 スギ林の中に入るととたんに花が少なくなりました。植林地なのでまあ当然ですが。
 ただひたすら登るというのも悪くはないもの。張った腿を一歩一歩前に出すことだけに集中していると、日頃頭の中を占拠している様々な面倒なことがいつのまにかどっかに行ってしまっているのです。もともと本質的にはどうでもいいようなことなんでしょう、ほとんどが。

 ヤマジノホトトギス

 それでもときどきヤマジノホトトギスなどに出会いました。今まさに盛りの時期ですね。

 尾根道

 道は山肌から尾根に出ました。あとは延々と登るのみ。ここからだと山頂までの標高差は300mくらいでしょうか。

 オクモミジハグマ

 オクモミジハグマです。キクの仲間ですね。そういえば最近読んだニュースにキク科の植物は約5千万年前に南米で生まれたことが判明というのがありました。被子植物が現れたのは中生代後半。これによって当時栄華を誇っていた恐竜にも大きなダメージを与えたと考えられているそうですが、全盛になったのは新生代になってからだそうです。その中でキク科誕生が5千万年前というのは決して早い方ではないようですね。遅く出現したということは進化が進んでいるということか。

 杉林を抜ける

 ずーっと単調なスギ林の上りだったので写真は割愛しますが、1時間ほど登り続けてようやくスギ林を抜けました。頭上が開けてきて、どうやら山頂が近いようです。

 山頂

 11時55分、棒ノ折山の山頂に到着しました。ご覧のとおり何も見えません(ガイドブックには素晴らしい眺望の写真が載っていたのに。)。
 ちょうどお昼時ですが、汗が引くまでしばらくベンチに座って休むことにしましょう。昼食はそれからです。

 アゲハチョウ

 傷んだ羽のアゲハチョウ。深まりつつある秋を物語っています。

 山頂広場

 一瞬雲が晴れました。山頂広場の様子はこんな感じです。でも相変わらず周囲の景色は真っ白でした。

 ノハラアザミ?

 総苞片の様子、葉の形と付き方などをあれこれチェックすると、どうもノハラアザミのようでした。蕾が可愛いです。

 下山

 12時30分、食事を終えたらさあ下山です。山頂から東の尾根伝いに下り、ゴンジリ峠を目指します。

 ゴンジリ峠

 15分ほどでゴンジリ峠に到着。ゴンジリとは「権次入り」ということで、どうやら権次という人に関係しているようです。峠というと稜線の鞍部を越える地点のことをいいますが、ここは稜線上にある小ピークといった地形の場所です。

 さらに下る

 ゴンジリ峠はスルーパスして、そこから左手に延びる支尾根を下っていきます。登山道の左手は雑木林、右手はスギの植林地になっていました。

 岩茸石

 13時5分、ゴンジリ峠から20分ほどで岩茸石というところに出ました。道はここで3方に分かれています。一つは尾根に沿ってまっすぐに行く道。左右に分かれる道はそれぞれ左右の谷に下りていく道です。yamanekoはここで右に折れ、湯基入(とうぎり)という谷に下りていきます。

 急降下

 いきなり転げ落ちそうな急傾斜。ここで転がったらパチンコ玉のようにあちこちに弾かれながら落ちていきそうです。それにしてもこのスギ林、きれいに手入れが行き届いていますが、ここでの山仕事は大変でしょうね。

 陽が差してきた

 お、陽が差してきました。数え切れないくらいのつづら折れを下って、ようやく傾斜がなだらかになってきました。道はこの正面にあるベンチのところで行き止まりになっていて左に折れています。地図では直進の道しかありませんが、しょうがないので道なりに左へ下ります。

 林道を横切る

 しばらく下ると林道に出ました。湯基入林道といい、山仕事をするためのものです。右手に行くと麓に下りていけますが、ここは横切る形でななめ左手にある標識のところから再び森の中に入ります。

 林道と合流

 こちらのスギ林はちょっと鬱蒼とした感じ。森の明るさで手入れのほどが分かります。倒木などもそのままになっていました。そして13時45分、再び林道に合流。さっき横切った林道は山肌に沿ってうねうねと蛇行をして大回りをしたあげく、写真の右手から合流してきます。つまりyamanekoたちはショートカットしたということですね。ここからはこの林道を下っていきます。

 ユウガギク

 ユウガギクです。その姿は和風マーガレットといったところでしょうか。秋ですね。

 湯基入林道

 「車両進入禁止」のバリケードを越えて、ひたすら下ります。今日の山歩きを振り返りながらのんびりと。まだ2時過ぎなんですが、どんよりと曇っているので、なんか夕方近くのように感じます。

 名栗川橋

 2時25分、麓の集落に下りてきました。橋の手前が湯基(とうぎ)という集落、橋の向こうは市場という集落です。ところでこの目の前の橋、大正13年に作られた埼玉県で最も古いコンクリート製のアーチ橋で、土木学会の関東土木遺産に登録されているそうです。遺産って、現在も現役のようなんですが。ちなみに、この川、現在は名栗川ではなく入間川と呼ばれています。

 稜線を振り返る

 振り返ると湯基入谷の奥に、今日越えてきた稜線が望めました。棒ノ折山の山頂はちょうど右の山の奥に隠れていて見えませんが、その左肩にのぞいている稜線上の小ピークがゴンジリ峠だと思われます。

 名栗川橋バス停

 名栗川橋バス停から国際興業バスに乗って飯能駅に向かいます。次のバスまでは20分ほど。この川の上流に旧名栗村の中心部があり、バスの便はそこそこあるようです。飯能駅からは西武池袋線で都心に入っていきます。このぶんだと5時前くらいには自宅に着けそうです。
 
 今日は楽しみにしていた山頂からの眺望こそ味わえませんでしたが、久しぶりの山登りでなんか体がリセットされた気がします。これから気候が良くなり野山歩きには最適な季節。体が鈍らないようにまたあちこちに出かけなきゃいけませんね(嬉)。