阿佐山 〜深山分け入り その先に…〜


 

【広島県北広島町 平成17年9月23日(金)】
 
 阿佐山。標高は1218mと西中国山地の中では高い部類に入る山です。
 阿佐山は広島県と島根県との県境に位置する山ですが、一般的な登山口は広島県側にあり、そこからこの山を登るとずいぶん深山にやってきたような感じがします。一方、島根県側はというと、その様相は一変します。そこには山頂までスキー場が造成されていて、高速道路のインターからもごく近くアクセスも良好です。山道を延々と分け入る広島県側とはまったくイメージが異なるのです。

  午前8時、妻と一緒にドリーム号に乗り込み、まずは広島インターへ。山陽道、広島道、中国道と走り継いで加計BS(バスストップ)を目指します。9月初旬にやってきた台風14号の影響で山陽道の岩国、玖珂間が通行止めになっているせいか、いつもはガラガラの中国道が若干にぎわっている感じ。特に長距離トラックが多くなったようです。
 さて、なぜ加計BSを目指したのかというと、ETC搭載車はここから一般道に下りることができるからです。これは「スマートIC」といって既存のインターチェンジ以外の例えばSA(サービスエリア)やPA(パーキングエリア)に簡単なゲートを設けてそこから乗り降りできるようにするもの。現在全国で26カ所あるそうで、BSでのスマートICは加計だけだそうです。まだ本格運用ではなく、今は社会実験の段階です。
 加計からR186を北上し、王泊ダムを渡り、どんどん標高を上げていきます。途中、県道に入り、町道に入りとしていくたびに、道幅はどんどん狭くなり、最後の集落である大暮を過ぎた辺りから両側に山肌が迫り離合できないくらいになってきました。それでもかろうじて舗装はされています。川沿いに延びる道をどんどん進んでいくと、やがて正面に頭上をまたぐ林道の陸橋が見えてきました。天狗石山へ向かう林道の分かれ道です。舗装はここまで。ここから先登山口までの約500mは未舗装です。しかもこれも台風の影響か、途中で道路が川に向かって崩れ落ちていて、ドリーム号の車幅ではここを通過することができませんでした。よってその手前の道路脇に駐車。そこからが200mくらいは歩きです。


Kashmir 3D

 やがて小さな橋(阿佐山橋)が現れ、これを渡ると登山口です。と、そこにパジェロミニが1台。ここで待ち合わせをしていたいつものTさんです。しばらく前に到着していたようで、すでにアケビとハシバミをゲットして秋の味覚を堪能した模様。
 10時20分、軽くストレッチをしてから3人で出発しました。

 登山口

 スタートしてまもなく、早くも藪こぎです。いつ降った雨なのか、ササの葉がぬれていて冷たい。実は先週末、この阿佐山に登ろうと計画していたのですが、天気が今ひとつで今日に順延したのです。今日も空模様は曇りがちですが、天気予報ではなんとか一日もちそうな感じです。

 アケボノソウ

 道はやがて開け、歩きやすくなってきました。道の脇にアケボノソウが咲いています。この花はよく見るとなかなか洒落たデザイン。名前は花冠の斑点を夜明けの空に見立ててつけたものとか。別名「ヨシノシズカ」 この花には深山のちょっと湿ったところで出会うことが多いので、しっとりとしたこの別名の方がむしろふさわしいように感じます。

 アキチョウジ  アキノキリンソウ

 谷筋の登山道は常に沢の音とともに歩くことになります。なんとも心が解放される音です。周囲はスギの植林地ですが、ご多分に漏れずあまり手入れされていないようです。そんな薄暗い環境でもしっかりと花を咲かせる植物は少なくありません。アキチョウジは濃い紫色の花を房状に付けています。アキノキリンソウはレモンイエロー。いずれも背丈が低いのはやはりここは日照量が少ないからだと思います。あと、ヤマシロギクやキバナアキギリなど。 

 根曲がり

 登山道沿いのスギの根元部分がおもしろいように曲がっています。これはこの辺りが冬に積雪が多いことを物語っています。まだ若い木のときに雪の重みで曲がってしまったのでしょうが、それでもスギの性質上まっすぐ天を目指して伸びていました。人間もこうでなくちゃ。

 ブナ

 標高900mを超えたあたりからブナが現れはじめました。やっぱり存在感のある木です。登山道の周りにはさっきからけものの足跡が見られていました。どうもイノシシのようですが、このあたりはクマがいてもおかしくはありません。去年はクマ出没のニュースが日本全国で報じられていましたが、今年はとんと聞きませんね。一説には今年は山の堅果類が豊作で、餌を探しに里に下りてくる必要がないからだとか。そんな単純な理由だけではないでしょうが、いずれにしても遭遇事例が少ないということは双方にとって良いことだと思います。

 藪こぎ再び

 どのくらい登ったでしょうか。とにかく延々と登ってきた感がありますが、ようやく稜線に出ました。ここは毛無山から伸びてきた登山道との合流点で、二十丁峠といいます。稜線とはいえ木立に遮られまったく展望は望めません。それどころかまた藪こぎをしながら山頂を目指し登っていくことになります。

 ヤマボウシ

 藪をこいでいるとちょうど目線の高さにヤマボウシが実をつけていました。さっそく味見。…ウン、甘い。味はイチジクに似ていますが、若干水分を抜いた感じ。これも秋の味覚です。

 落葉広葉樹林

 小さなピークをひとつ越したあたりから足下が開け、yamanekoの大好きな雰囲気になってきました。標高は1100mくらい。相変わらずの登りですが、見るものはあれこれとあります。

 オオカニコウモリ  ムラサキシメジ

 それにしても誰とも出会いません。この登山道は今日は誰も歩いていないことを、先頭を行くTさんが証明してくれています。なぜならTさんは登りはじめから何回もクモの巣に引っかかっているからです。クモにしてみればせっかく張った網を壊されて迷惑千万でしょうね。まあ、勘弁してください。

 ツクバネソウ

 春に繊細な花を咲かせたツクバネソウが、この時期には黒い実をつけています。この姿こそがツクバネソウと名が付く所以。羽根突きの羽(つくばね)に似ていますね。果実の下の紅い部分は雄しべの花糸。花の時期の細い花糸からは想像もできませんが、先端に葯が残っていることからそれと分かります。

 山頂  三角点の場所

 突然頭上が開け、山頂に到着しました。時計を見ると12時50分。登り始めて2時間半が経過していました。
 山頂からはわずかに北側の展望のみが開けていますが、今日は乳白色のガスに覆われて何も見えません。晴れていればここから阿佐山の北峰が望めるはずなんですが。
 阿佐山はいわゆる双耳峰で、主峰はここ南峰になります。阿佐山山塊の盟主とされ、両袖に畳山、三ツ石山、天狗石山など島根県との県境に連なる十座にも及ぶ山々を従えています。
 とりあえず座って昼食にしました。
 
 今日はここから北峰に向かい、その後稜線にそって三ツ石山、天狗石山と縦走しようとも考えていましたが、ここですでに1時なので(ていうか、スタートが遅すぎですね。)、北峰までの往復にすることにしました。
 午後1時30分、リュックを背負い直して再スタートです。

 ツリバナ

 北峰へは、ここからいったん80mほど下り、さらに再び80mほど登る。そう北峰の標高は1217mで南峰とわずか1mしか違わないのです。この道もやっぱり樹林帯の中です。

 ヤマブドウ

 ヤマブドウの実が蔓からぶら下がっていました。Tさんは果実酒造りが好きなのでヤマブドウには目がないようです。もちろん生でも食べられますが、まだ完熟までには間があったようで、酸っぱいものが苦手なyamanekoには刺激が強すぎました。
 道は鞍部を過ぎて北峰への登りと変わりました。三たび藪こぎ、しかも今度は胸あたりまであるハードな藪です。

 サワフタギ

 おぉ、目にも鮮やかなコバルトブルー。自然界ではなかなか青いものには出会いませんが、サワフタギの実は本当にペンキを塗ったような青です。これは鳥にとってどうなのか。(サワフタギの実を鳥が食べているかどうか自信がありませんが。)
 鳥の色覚はすべての生物の中で最もカラフルなものだということを聞いたことがあります。人間の可視光線の領域に加えて紫外線の領域も色覚として感知できるのだとか。色を感知する感光細胞も人間の3種類(赤・緑・青)に対して鳥は少なくとも4種類以上あるのだとか。
 そうしてみるとこの世界の真の姿は今自分たちが見ているのとは少し違うものであって、人間はその一部しか認識していないということになりませんか。

 北峰から南峰を望む

 そうこうするうちに北峰の山頂に到着。南峰からの所要時間は40分ほどです。
 北峰の島根県側(北斜面)は「瑞穂ハイランド」というスキー場になっていて、山頂部から二方向に向かってゲレンデが伸びています。これまでずっと樹林の中の山歩きだったので、この開放感が新鮮です。
 振り返るとさっきまでいた南峰の姿を見ることができました。でも、島根県側の谷から登ってくる雲によってその姿が見えたり隠れたり。この谷は「クレイジーベア」という上級者コースになっていて、今から20年近く前、無謀にもここを滑り下り、文字どおり「スーパー大回転」をしてしまったことを思い出します。このスキー場は山頂部は緩斜面なのですが、ふもとに向かって刻まれた谷に至ると厳しいコースが待っているのです。

 瑞穂ハイランド

 当時は映画「私をスキーに連れてって」が流行っていた頃。その後訪れるトレンディー路線の走りでした。三上博史と原田知世の白いスキーウェアが懐かしい。
 
 と、そんな感傷はバブルとともに消し去って、さあ、これから来た道を戻ります。
 再び80mを下りて登って南峰へ。ここで3時ちょうど。休む間もなく下山をはじめます。長い下りはどうしても膝にきます。ストックを使うのはもちろんのこと、意識的に歩幅を狭めてダメージを小さくしなければ、2、3日は膝が痛みますから。
 ふもとの登山口に戻ってきたのは午後5時前。トータル6時間半。十分に歩きごたえのある山歩きでした。


 アケビ  可食部をアップで

 ドリーム号に乗り込む前に甘いアケビをいただいて疲れを癒すことに。食べられる部分をよく見ると、半透明の果肉の中にある種子から何か白いヒゲのようなものが表面に向かって伸びています。食べたときにはあまり気になりませんが、何だろう。このヒゲを管として果肉部分から種子に栄養を運んでいるのでしょうか。知っている人がいたら教えてください。