安達太良山 〜強風と錦の絨毯〜


 

【福島県 二本松市 平成19年10月21日(日)】

 

 午前3時30分、東京の場合、決して「寝静まった」という表現は当たりませんが、それでもかなり車が少なくなった街を抜けて、高松ランプから首都高へ上がりました。中央環状から川口線に入り、そのまま東北道へ。辺りはまだ真っ暗で朝の気配もありません。
 今日の目的地は福島県二本松市の安達太良山。テレビのニュースで、今、まさに燃えるような紅葉の最中だと伝えていました。天気予報も申し分のない晴れマーク。これはちょっと見に行きたいところです。
 
                       
 
 安達太良山とは何やら曰くありげな名前ですが、この山にはあの「酒呑童子」伝説があるのだそうです。酒呑童子と言えば京都の北にある大江山に家城を構え、夜な夜な京で悪事の限りを尽くしたという、日本三大悪妖怪のうちの一つですが、福島の二本松地方に残る言い伝えでは次のようなことになっているようです。
 昔、安達太良山の麓に貞松という若者が住んでいました。ある日貞松が萱を刈りに行ったところ、赤く輝く魚を見つけたそうです。貞松は仲間に隠れてこの魚を焼いて一人で食べてしまいました。すると見る間に顔が赤くなり、頭からは角が生え、身の丈6mもの大鬼になってしまったのです。そして安達太良山に飛んでいってしまいました。この鬼はしばらくの間は安達太良山を根城にして悪事をはたらいていましたが、人々が恐れおののくのがおもしろく、あちこちに出没しているうちにやがて京の大江山にたどり着いたといいます。
 そこからは有名な源頼光の酒呑童子退治の物語。頼光の四天王と呼ばれた渡辺綱や坂田金時らの猛襲に敗れ大江山を逃れた酒呑童子は、故郷を目前にした本宮で頼光に追いつかれ、首をはねられてしまいました。その首は故郷安達太良山を目指して飛んでいき、現在の二本松市の原瀬というところにドカッと落ちてきたのだとか。ここまで追ってきた頼光も、とうとうこの地で馬が力尽きてしまい、追っ手をゆるめたということです。その馬が倒れた地は「馬尽(まつくし)」という地名になって今に残っているのだそうです。
 酒呑童子の出生地についてはここの他にも各地に伝説があって、有名なところでは越後や伊吹山といったところがあります。
 
 さて、新ドリーム号は東北道を北上します。埼玉県を横切り、群馬県をかすめ、栃木県の中程に差しかかった頃、ようやく東の山の端が明るくなってきました。白河の関を越え福島県にはいるとすっかり明るい朝になっていました。
 二本松ICで高速を下りて、警察署の横のセブンで昼食などを購入。ここから西に向かい岳(だけ)温泉方面へ。ここの温泉には12年前に一度来たことがあります。岳温泉では早朝にもかかわらず浴衣姿で温泉街を散策する観光客がチラホラと。その岳温泉を通過してそのまま奥岳温泉へ。ぐんぐん標高を上げていきます。
 
 奥岳温泉の駐車場に7時20分ころに到着。ここはスキー場なので、ざっと200台位は駐められる駐車場があります。でも、この時間なのでまだ1割くらいしかうまっていませんでした。
 安達太良山の標高は1699m。ふもとからロープウェイを使えば1350m地点までは一気に上がれるので、比較的簡単に山頂に立つことができます。ロープウエイが動き出す8時まで車の中で仮眠をとることに。それにしても風が強く、ゴーゴーと吹き下ろしてきて、ときおり車を揺さぶります。

 薬師岳

 ちょっと寝過ごして8時過ぎ、車の外に出てみると、なんと駐車場はあらかたうまっていました。みんな紅葉の安達太良山を目指してやってきたのです。
 押っ取り刀で装備を整えてロープウエイの乗り場に行ってみると…。なんと強風のため運行中止とのこと。ガーン。予定が大きく狂ってしまいました。目の前にある薬師岳ですら素晴らしい紅葉です。その奥にある安達太良山の紅葉のほどはいかばかりか、と思いを巡らせるのですが、わずか5分で到達するはずだった薬師岳に、1時間半以上はかかってしまうでしょう。でも、そんなことを行っている間にさっさと歩き出した方がよいようです。妻と二人でストレッチをして、8時30分、歩いて出発です。


Kashmir 3D

 もともと今日の予定は、まず駐車場からロープウエイで薬師岳山頂へ。ここまで上がってくればこの先は比較的なだらかな行程です。(でもロープウエイが止まっているので歩いて上がることに。) 薬師岳からは尾根道を行き安達太良山山頂へ。そこからは篭山の向こう側の谷を下って勢至平を横切り戻ってくるコースです。
 でも、ここで白状してしまうと、結局、天気の急変のため安達太良山の山頂までもたどり着くことなく戻ってくることになってしまいました。(上の地図の赤いラインを往復) まあ、賢明な判断だったと思います。

 スタート直後

 我々と同じように、急遽歩きに切り替えた人々が前になり後になり登っていきます。風は相変わらず強いですが、空はこんなに青いし、この時点ではまだ清々しい秋の山歩きを思い描いていました。
 8時50分、勢至平へ続く道との分岐点までやってきました。ここは左に折れて、しばらくゲレンデの脇を歩いていきます。

 燃えるような薬師岳

 素晴らしい紅葉の薬師岳。ただ目の前の稜線を越えて直滑降で吹き下ろしてくる強風に構えるカメラも定まりません。というより自分の体自体が風でよろけまくっています。

 ナナカマド

 真っ赤な実を揺らすナナカマド。その梢も踊るように揺れて、山全体がゴーゴーと鳴っています。

 雲行きが…

 ゲレンデの奥からは普通の山道になりました。でも傾斜はかなりのものです。
 安達太良山の山塊はなだらかな成層火山で、周辺部で深くえぐられるように切り立った斜面になっています。ちょうどプリンの角をスプーンですくい取った跡のように。いまその急なところを登っているのです。
 強風に押されてきたのか、みるみるうちに雲が広がってきました。もの凄いスピードで雲が流れています。

 足場悪し

 昨日も雨が降ったのでしょうか。足下は完全にぬかるんでいます。トレッキングシューズは底に泥が付いて、何年か前に一世を風靡した厚底ブーツ(死語)のようになってしまいました。歩きにくいったらありゃしない。

 ツクバネソウ

 ちょっと葉が丸っこいですが、ツクバネソウでしょう。花柄の先に付いていたであろう黒い果実も落ちてしまっています。

 サラサドウダンの紅葉

 胸を突くような登りの合間に足を止めて紅葉を楽しみました。赤と黄色と茶色と緑、これらが混ざり合って絶妙な色合いを創り上げています。

 ミズキ(?)の果実

 葉はすっかり落ちてしまっていますが、果実や柄の色、形からするとミズキですかね。子供の頃写真で見たアメリカのキャンディーみたいです。

 薬師岳を振り返る

 9時45分、ようやく急な登りが終わり、なだらかな五葉松平に出ました。ここからは薬師岳の姿を望むことができます。相変わらず猛烈な風で、木々は激しく波打っていました。

 薬師岳の手前で振り返るとこの景色。さっきまで歩いてきた五葉松平、そして谷をはさんでその向こうに広がる勢至平、すべてが錦の絨毯で覆い尽くされていました。左手(安達太良山山頂方向)から地表すれすれの高さで雲が飛ぶように流れてきて、山の端で霧散していきます。この雲さえなければ輝くような絶景だったろうに。ちょっと残念です。

 薬師岳山頂  岳温泉方面

 10時30分、薬師岳山頂に到着。ここでおやつを食べながら小休止です。写真(左)の奥に安達太良山の山頂があるのですが、その姿はまったく見ることはできませんでした。麓の方は上空こそ雲で覆われましたが、日が差している場所も多いようです。
 安達太良山の山頂から先は樹木のほとんどない痩せ尾根が続き、今日の強風では極めて危険なので、山頂で折り返すことに予定変更です。

 サラサドウダン  ナナカマドの実

 15分ほど休んで山頂に向けて出発しました。標高が上がっていくにつれ視界が悪くなっていきます。
 やがて雲の中に入ったのか辺りが白くなってきました。風は相変わらずです。これから先山頂に向かってももう紅葉を眺めることはできないでしょう。しばらく歩くと「フォレストパークあだたら」から上ってくる道と合流するポイントがあって、残念ながらここで折り返すことに。結局山頂も断念したのです。時計を見ると11時30分でした。
 さあ、気持ちを切り替えて下山です。山の事故の大半は下山時に起きているのだとか。注意が必要です。

 錦の絨毯

 帰りながらも十分に紅葉を楽しみました。それにしてもこの美しさ。いったい今日何回ため息をついたことか。

 オトギリソウ

 今日は草花は脇役でしたが、下山の道すがら実を付けているオトギリソウに出会いました。秋の深まりを感じます。

 ゲレンデ

 この辺りまで下りてくると雲はずいぶん高いところにあります。草原にリンドウも何株か見つけましたが、もう花の時期は過ぎていたようです。

 下山完了

 今日は一面の紅葉を求めてはるばる福島までやってきました。行程のほとんどは高速道路だったので新ドリーム号でスイスイでしたが、朝が早かったのでやっぱり早くも疲れが出始めています。山歩きが尻切れトンボに終わったこともあり、よけいにグッタリ感アップです。帰路ではSAに立ち寄って1時間ほど仮眠。幸いほとんど渋滞もなかったので7時前には帰宅することができました。
 輝くような青空の下での紅葉は、また次の機会にとっておくことにしましょう。