明治18年に架橋され、同年の天皇の広島行幸を記念して「御幸橋」と名付けられました。この橋を渡るとやがて宇品の港に至り、当時ここから多くの兵士が戦場に向かいました。
 広島には大本営も設けられ、唯一東京以外で帝国議会が開かれた街でもある、軍都だったのです。
 現在の橋は3代目です。
 
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